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たそがれノート

日記と本と、時々Web

借りぐらしのアリエッティ

映画

どう書いても多少のネタばれは免れなさそうなので、以降“続きを読む”にしておきます。



先日スタジオジブリ最新作の“借りぐらしのアリエッティ”を観てきました。原作は“床下の小人たち”という本らしいですが、こちらは読んでいません。


屋敷の下に住む身長10cmの小人の家族の話。小人達は、人間の家から砂糖やティッシュ、その他細々した物“借りて”生活している。そして一人娘、アリエッティが初めて“借り”に出掛ける日、屋敷に少年、翔(しょう)が療養に来るところから話が始まる。


小人達には“人間に見られてはいけない”という掟があるのだけれど、アリエッティは翔に姿を見られてしまう。
翔の方は無邪気に仲良くなりたいと思っているようなのだけれど、小人達には死活問題である。


“掟”“変化”“擦れ違いと葛藤”は物語としては類型的なので比較的シンプルでわかりやすいものでした。
その後欲深い人間が……という流れも含めて、決して難解な物語ではないです。


映像は、ジブリらしく自然描写が素晴らしい。音楽も画面にとても合っている。
話としても、決してつまらなくはないのです。ただ、準主人公の翔に対する違和感が目立ったように思います。


「君達は滅びゆく種族なんだよ」
と翔はアリエッティに言う。穏やかに微笑みながら。でも、そのセリフがとても浮いているように思いました。“滅びゆく種族”であるアリエッティ自身が言うなら、まだわかる。けれどアリエッティはそういうキャラクターではまず無いし、第3者である翔に言われたところで、“余計なお世話”でしかない。
全体としては好きな雰囲気だったのだけれど、この場面だけかなり消化不良です。


ジブリ作品はこれまでほとんど観てきたのだけれど、どうも個人的には“もののけ姫”辺りから「おや?」と思うところが増えました。
取り残されたというか、画面の向こうの主人公達が“勝手に自己完結してしまっている”感がある。それまでの作品には、ちゃんと視聴者を置いてけぼりにしないで、自然と主人公達と同じ結論に達せるような導きがちゃんとあったように思うのです。


物語に限らず芸術とか、とにかく表現する仕事っていうのは結果的に観る人に納得してもらわなければ評価されません。
全く知識の無い人に何がかいてあるかわからないような前衛芸術を見せても、理解してもらえないのと一緒で、納得してもらえるような道筋を作る必要がある。
昔のジブリ作品の多くには、確かにその道筋があった。


借りぐらしのアリエッティ”は結構昔のジブリ作品に近い雰囲気があったのだけれど、翔のちょっと浮いたセリフのためかやや消化不良。
それでも、ジブリの圧倒されるような自然描写や暖かい雰囲気が楽しめる作品だと思いました。


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