天印と受験の帝王の話
屍体と民俗著:中山 太郎
http://www.aozora.gr.jp/cards/001420/card50270.html
を青空文庫で読んでいたのですが、
死人の頭を黒焼にして服すると、病気に利くと云う迷信も近年まで行われていた。俗にこれを「天印(テンシルシ)」と云い黒焼屋で密売し、それが発覚して疑獄を起したこともある。
──屍体と民俗著:中山 太郎より
の段で、「あっ! 」と思わず声を上げてしまいました。というのも、シグルイ*1に出てきたものだったため。
そちらは狒々の頭部の黒焼きで、効能はやはり病気に効くというもの。シグルイの主人公、藤木が病に倒れた時、仇敵の伊良子清玄が差し入れる、という形で登場していました*2。
食人文化が実際にあったことは知識として知っていたのですが*3、何だか思わぬところで知識が繋がってちょっと面白かったです。
多分、民俗学の研究をしているのでもない限り、日常生活にこれといって役に立たない所謂無駄知識の部類かと思います。無駄知識と言えばトリビアというテレビ番組を思い浮かべる人が多そうですが、私個人としては昔の漫画、受験の帝王*4に登場する『神条涼(かみじょうりょう)』というキャラクターが思い出されます。
この神条という女性なのですが、『未常識学習法』という学習法を提唱していました。
例えば漢字の勉強。配られたプリントには、びっしりと難読漢字が並んでいます。そして高らかに『この漢字くらいは覚えてもらう』と言い放ちます。
当然受講者達は『こんなの絶対入試に出ないじゃないか』などと思う訳ですけど、ここからが凄かった。
『その通り、こんなもの入試には絶対出ない』と言い、その説明の前に、と彼女は簡単な問題を出します。
『酒によう』の『よう』の部分を漢字にする、という問題。ただし、『早稲田で出題された問題だ』と強調します。
もちろん答えは『酔う』で、簡単に思いつくのですが。
『早稲田の問題だ』と強調されることにより、『早稲田の問題にしては、あまりに簡単過ぎるのではないか』『見落としているハネやかえしがあるのだろうか』などと疑心暗鬼になる受講生達。
それを見計らって神条は言います。
神条:
「フフフ悩んでいるわねみんな
顔に出てるわよ」
神条:
「何故この程度の漢字で悩むのか
早稲田がこんな簡単な問題出すはずがない
俺の記憶は本当に正しいのか誰もがそんなことを考えてしまう問題ね」
そんないらないことで悩んでしまうのはなぜか
つまりは自信がないのよ」
受講生:
「じっ自信!?」
神条:
「そう皆さんぐらいのレベルの受験生なら入試に出る漢字くらいは本来すべて頭に入っているのです
しかしいざ本番となると本当にこれでいいのかと悩む
そしてつまらないところで点を取り損なう
それは漢字に対する自信がないから」
神条:
「今配ったプリントにある漢字はどれも超難問
星で言えば6等星ぐらいのほとんど見えない星
でもこれを覚えてごらんなさい」
神条:
「6等星を見つけられる者がアルタイルを‥‥ベガを見逃したりはしないでしょう
そうなれば漢字とゆう夜空にもう無限の絵が描けるじゃない」
神条:
「これこそが未常識学習法よ
おわかりいただけたかしら」
──受験の帝王著:志名坂 高次2巻P167~P168より
��説明文だとイマイチ雰囲気が伝わりにくかったため、少し多めに引用しました)
読み返す度に思うのですが、奇妙な説得力があります*5。
一見もっともらしく聞こえますが、『受験の役に立たない知識にリソースを割いている』ことは違いないですし、これで受験に受かる訳もありません。ネタばらしをしてしまうと、この未常識学習法、全くデタラメな内容と受験術で受験生を陥れることを目的としたものでした*6。
盛大に話が逸れていますが、無駄知識って本来そういう『役に立たないもの』ですよね。ただ、知っていると、精神的に豊かになれるものではあるようです。実用性はないですが*7。
知識が繋がって面白かったというだけの話に何故これだけ長文を費やしているのか自分でもよくわからないのですが*8、明日使えない無駄知識を蓄えておくと、こんなこともあるということと、もっともらしく聞こえる話には気をつけようという辺りで終わりにしたいと思います。
それから、何か色々と影が薄れてしまって申し訳なかったのですが『屍体と民俗』そのものも、何かと興味深くて面白い内容でした。
*1:駿河城御前試合著:南條範夫を原作とした漫画作品。結末・描写共無惨極まるのでそういったものが苦手な人にはおすすめできない。ちなみに筆者は好きな作品。登場人物がとにかく『濃い』の一言だったり、変にご都合主義でない辺りなど。
*2:最初は『侵略者』のように描かれていた伊良子だが、後半は一人の人間としての側面が強くなっていく。*3:クロイツフェルト・ヤコブ病などの関わりが有名。あまり愉快ではない類の知識なので、筆者としてはこちらも無理に調べることはおすすめしない。
*4:受験合格のテクニックを『師匠』とその弟子『マグナム』を軸に解説した作品。不真面目・ギャグ路線かと思えば存外真面目なテクニックが解説されていたりするので侮れない。しかし主人公のマグナムは良くも悪くも駄目な一般人のように見えるが、非常識への順応の早さと時折見せる爆発力というか冴えがやはり非凡であるように思われる。しかし何だか結局ダメ寄りの人間なので、その点で親近感が持てる気もする。
*5:この話に限らず、折々で悪徳商法やニセ科学などと同様の、論理のすり替えで奇妙な説得力を感じさせる仕組みがうまく使われている。その辺りも含めて面白いので、筆者個人としておすすめ作品に入れたいところだが、残念ながら絶版……!*6:中国史を学ぶために麻雀を始める、日本史を学ぶために歴代横綱を覚えさせる等。
*7:例えばそもそもの発端である頭部の黒焼き云々の話を、親しくない人やシグルイを知らない人にした場合、困惑を招くことは目に見えている。*8:そして何故天印から受験の帝王を猛プッシュする内容となってしまったのかも、筆者にとって大きな謎。受験の帝王の吸引力は凄まじい。