トワイライツ・ノーツ

読書感想と自転車と雑記

【小説】第7回短編小説の集いに参加してみました

novelcluster.hatenablog.jp

前々から興味はあったものの、久しく小説を書いていなかったので、まるで錆付いた歯車のような気分でした。

お題は『未来』。5000字って長いようで短かったです。削る方に苦心して、きっかり使い切りました。

未来予報

 耳慣れた電子音と共に、携帯の画面にポップアウトが現れた。


 【本日の未来予報】
 注意が必要です。後ろからさされる可能性があります。
 なるべく家にこもって動かないのが吉。


(なんだ、これ?)
 画面に現れた文字列に、孝之は眉をひそめる。刺されるとはまったく穏やかではない。
 ――それは、『未来予報』というアプリだった。
 その名の通り未来を予報してくれるアプリで、パソコンや携帯などの各種端末で使用できる。その原理は、端末の持ち主のデータを収集・分析することで『未来に起こる可能性のあること』を予測するといったものだった。そしてそれを、一日に一回、端的な言葉で予報してくれる。
 当たることもあればもちろん外れることもあり、天気予報や、占いに近い扱いである。
 元々のアプリ自体は小さな会社に勤めるエンジニアが趣味的に作ったものだといわれているが、その会社を買収した企業に引き継がれ――現在では世界の人々の実に3割が何らかの形で使用しているという、大ヒットアプリだった。何しろ、たまには当たるのだ。
 孝之も数年来で使用しており、朝の通勤時間に確認するのが日課となっていたのだが、こんな予報が出るのは初めてのことだった。これまでネガティブな内容が出たことがない訳ではないが、その程度はせいぜい『足の小指をぶつける』『忘れ物をする』といったものだった。それだけに『刺される』が際立って不気味だ。
 孝之はWeb検索のページを開き、『未来予報 刺される』と打ち込む。ぱらぱらとヒットしたページの中から、匿名掲示板のものを選んだ。

--------------------

【未来予報】俺、今日殺されるらしいんだが

1:名無しさん
未来予報で、俺今日死ぬとか出てる出てるんだけど。文面はこんな。

身の回りに注意してください。今日殺される可能性があります。
なるべくひとりにはならないようにすると吉。


2:名無しさん
あ、おれも昔そんなの出た出た。確か刺されるとかそんなだったと思う。
別に何も起きなかったわ。
そもそも未来予報なんて当たらんだろ。眉唾もいいとこ。とっくにアプリ消したわ。


3:名無しさん
>>2
俺以外にもそんな予報出てる奴いるのか。何なんだろうな。
中の人のイタズラとかも考えたんだが、あり得るのか?


4:名無しさん
それ気をつけた方がいいよ。
ワタシの友達、未来予報で死ぬとか出て実際死んだし・・・。


5:名無しさん
>>3
マジか……え、すげえ怖くなってきた。

--------------------

 掲示板は以降もこのような感じで続き、当事者が日付が変わる直前、『別に何もなかった。でも嫌な気分になったからアプリ消す』といった言葉を書き込んで終わっていた。
 その他にヒットしたページもざっと読んでみるが、外れたというものばかりだし、明らかに作り話のようなものもある。
 一通り目を通してみて、孝之は考え過ぎだと結論付けた。そもそもの話、こんな予報で会社を休んで家に閉じこもることなどできない。
 しかし、一抹の不安はある。
 そこで孝之は電車から降りたあと、適当な厚さの週刊誌を買って、背中側に差し込んでおいた。これなら万一予報通りのことがあってもいくらかは傷が浅くなるのではないか。それに、備えたという安心感もある。少々動きづらいが、背広さえ脱がなければ目立たない。
 駅から出て、会社への道のりの間は、何事もなかった。背後を警戒してはいたものの、まったくの普段通りで拍子抜けする。特にトラブルもなく会社に到着し、適当に挨拶を交わしながら席に着く。と同時に臨席の後輩が話しかけてきた。
「小島さん。あの、ちょっといいですか?」
 ちらっと時計に目を落とすと、始業時間まではあと15分。まだパソコンも起動し終わっていない。
「まだパソコンも起動してないからちょっと待って」
「あ、いえ仕事の話じゃなくて」
 後輩――木戸は、ちょっとあっちに、とオフィスの出口の方を示した。
「ここではしにくい話?」
「はい。だから、少しだけ」
 ちらっと未来予報のことがよぎったが、断るのも不自然な気がした。木戸の後について、オフィス外の廊下の突き当たり――自動販売機のところまで行く。ちょうど人気はないし、人が近づいてくるのもすぐわかるし、相談にはそこそこ良さそうな場所だな、という感想を抱く。自販機の前まで来ると木戸が振り返り、口を開いた。
「あの、小島さん、『未来予報』入れてましたよね?」
 内心『未来予報』の言葉に驚いたが、孝之は表向き平静を保つことに成功した。木戸はポケットからスマホを取り出して画面をこちらに向ける。


 【本日の未来予報】
 衝動的にならないように注意。
 近くの人に相談しましょう。ラッキーアイテムはナイフ。


 ナイフの文字に、ひやりとしたものを感じた。木戸に刺されるとでもいうのだろうか。
「……なんだか物騒だな」
 かろうじて、苦笑を取り繕う。木戸はやや硬い表情で、困ったように眉を寄せる。孝之はなるべく軽い口調になるように努めながら言葉を続けた。
「まさか、持って来てないよな、ナイフ?」
「まさか。そもそもナイフなんて家にありませんし、職務質問でもされたら大変じゃないですか」
 心外だ、という顔をしたあと、木戸はわずかに息を吐いた。
「……予報に従って小島さんに相談してる時点でそう思われても仕方ないかも知れませんけど」
 そこで、孝之はふと引っかかりを覚えた。
「そういえば、『近くの人』っていってもなんで俺に?」
 孝之は木戸の右隣の席だが、左隣にだって同僚はいる。それも、木戸と同期入社の駒沢が。相談というのであればそちらの方が気安いだろう。
「あー、それは……小島さん『未来予報』使ってたなと思って。駒沢さんは使ってないですし、それで相談っていうのも」
 合点がいって「なるほど」とうなずく。しかしすぐに考え込んでしまった。
「けどさ、これで『相談』は終わった訳だけど、俺もどういう反応というかアドバイスというか、どうしたらいいかわからないんだけど」
「ですよね……すみません」
 木戸は肩を落とした。本人もどうしたものかわからなかったらしい。
「まあ、たかが『未来予報』なんだからあんまり気にしなくてもいいんじゃないか。『相談』ってアドバイスには従ったんだから、悪くなることはないだろ」
「……そうですね。すみません、ありがとうございました」
 軽く頭を下げた木戸の顔は、まだ硬いものだった。


 昼休みになると同時に、オフィスのあちこちで人が立ち上がる気配がする。特に急ぎの仕事もないため、孝之も財布を手に立ち上がった。そこに臨席の木戸が声をかけてくる。
「あの、小島さん。今日お昼一緒に食べませんか?」
「いいよ。行こうか」
 孝之が承諾すると、木戸は鞄を手に立ち上がった。並んで歩きながら、木戸が「今朝のお礼に、お昼おごります」と言った。「たかが10分にもならない『相談』でそこまでしなくても」と孝之は断ろうとしたが、木戸も木戸で「訳のわからない『相談』に付き合ってもらったので」と譲らない。
 そんな押し問答が続き、結局食後のコーヒーで手打ちとなった。
 会社の近くのイタリアン食堂に落ち着いてとりとめのない話をしていると、木戸がふと思いついたように尋ねてくる。
「小島さんの今日の『未来予報』ってどうでした?」
 内心きたか、と思うが、ここは嘘を吐かない方向でとぼけることにした。
「特には。注意が必要とか、家にこもってろとかさ。いい気分はしないけど、そんなので会社休むなんて、無理だろ」
「……見せてもらっていいですか?」
「ごめん。携帯会社に忘れてきたんだ」
 実際、今日に限って携帯は鞄の中にしまいっぱなしになっていた。普段であれば始業までの間は携帯をいじっているのだが、今日は『相談』があったためその時間がなかったのである。仕事中は携帯には触らないし、そのまますっかり忘れてしまっていた。
「そうですか」
 あっさりと木戸は引き下がり、そこからはごくごく普通に食事が始まった。

   ***

 ――その夜。孝之は路上に居た。ぶらぶらと歩きながら、前方に見えてきたアパートに眼をこらす。この時間であれば、彼女は風呂だろうか。『未来予報』でどんな結果が出ようと、彼女に会いに行くのをやめるつもりはなかった。むしろ、それでこそ愛というものではないだろうか。そんなことを思ったりもする。
 次第に近づいてくるアパートの一室に明かりが点っているのが見え、足取りが自然と軽くなる。やがて曲がり角ひとつを残すところとなり、孝之は足を止める。そうして携帯を取り出そうとした、その時。背後からぱっとライトで照らされた。
「ストーカー、あの人です」
 後ろを振り返ると、真っ直ぐに自分を指さす木戸と駒沢、警察の姿。冷え切った怒りの表情に孝之は後じさる。
 その瞬間、『さされる』というのはこれかと思うと共に、確かにアドバイス通り家にこもっていれば良かったと、孝之の脳裏は後悔で埋め尽くされていた。そうすれば、少なくともこんな結末にはならなかったのに。

   ***

「捕まったみたい」
 パソコンの前で、ガムを噛みながら女性が呟く。
「マジすか」
 横合いからひょいと眼鏡の男性が画面を覗き込むと、一点の光が警察署の建物と重なるところだった。
「……結構つまんない顛末だったな今回は」
 イヤホンを外して思いっきり伸びをした女性――彼女こそが『未来予報』の開発者であった。
 『未来予報』は、最初は――そして今も基本的には持ち主の情報を収集して、未来に起こりえる可能性を計算する、というものだ。しかし。ある日彼女は考えた。もしも人為的にこの結果に介入するとどうなるのかと。
 『未来予報』は持ち主の情報を収集する。犯罪行為を犯しているかどうか割り出すのも容易かった。そこで犯罪行為をしている者や、その近くにいる人間の予報にランダムに手を加え、いかなる結果になるか実験を始めたのだ。
 結果は面白いことに『予報に従っても従わなくても、最終的な未来は元々の計算結果と変わらない』というものだった。小島孝之は遠からずお縄になるとの計算結果だったし、それが少しばかり早まっただけだ。木戸由紀の方も、未来予報のきっかけがなくとも小島孝之に疑いを抱くことになっていた。
 『時の復元力』などという神秘的な話ではなく、人間誰しも、それまでの人生でプログラミングされたことを変えるのは難しい、というだけの話ではないかと彼女は思っている。
 ちなみに木戸由紀の更に前日の『未来予報』は、『隣人を疑うべし。ただし明日まで待つこと。明日夜、曲がり角にて待ち伏せもよし』としてあった。今回ばかりはややダイレクト過ぎたか、と彼女は反省していた。
「人の人生に『つまんない』とか言っちゃ駄目っすよ……今回はどんな?」
「ストーカーされてた女の子が同期に相談して、ストーカーだと疑ってる人を誘い出して携帯を鞄に入れっぱなしにするように仕向ける。で、その間にこっそり同期の駒沢さんが小島の携帯をチェックして証拠たんまり……と。隣の席に居たらパスワード入力をうかがい見る機会はあるからね」
「迂闊っすね」
「だから、元々あといくらもしない内に捕まる予報だったんでしょ」
「ところでナイフっていうのは?」
「それは外れ要素。何もかも当たっちゃマズイから」
「ああ、なるほど。もしもその子が信じちゃってたら、ぐさーって未来もあったんすかね」
「さあ、それはどうだろう。一応用心するように促したし、大したことにならない気もするけど……」
「そういえばそうっすね。あ、そうだ。今回の調整どうしますか?」
 女性は「んー」と考え込みながら、宙を睨む。やがて指を2本立てた。
「2掛けで」
「低いっすね」
「当たったり外れたりするから『予報』で済んでるの」
 近年の悩みとして、『未来予報』は当たり過ぎるようになっていた。ひとつひとつは個人の情報だが、それが集積されればその精度は増していく。プライバシーの侵害も甚だしい上、こんな『実験』もしていることだし、注目されるのはありがたくない。故に、当たる確率を下げることにしていた。その率は彼女の気まぐれである。
「まあ、『気まぐれ』もお見通しなのかもね……」
 口の中だけで呟いて女性は傍らで明滅を繰り返す機械に眼をやり――次の対象者を選別する作業に入っていった。

あとがき

何年ぶりかに小説を書いてみましたが、どんなに短くても完結させるってそれだけで大変……。

でも楽しかったです。

ちなみに当初の予定では孝之はストーカーなどではなかったし、木戸も男性の予定、でした。書きながら筋を考えていくタイプなので(突然ラストシーンや途中のシーンを書いてそこまでつなげるように書いたりもする)、余計なのかも知れません。

ギリギリですが『短編小説の集いに参加する』という小目標が達成できした。

そういえば、『未来予報』ってテレビ番組があったかと思うのですけど、他にパシッとくるタイトルが思いつかなかったので拝借しました。