トワイライツ・ノーツ

本とWEBと、デザイン

英語レッスン2回目

2回目のレッスンを受けてきました。

予習として、先週出た宿題の単語の暗記と長文読解はとりあえずやってみたのですが、これがびっくりするくらいわからないし、覚えられない。
根本的なところで理解ができてないんだなあ、と肩を落としました。

予習

覚え方のタイプが判明

先生は覚え方のタイプには「目で覚えるタイプ」「耳で覚えるタイプ」「書いて覚えるタイプ」があると言っていたので、読み上げ機能つきのアプリなどで試してみました。

これはいわゆる認知特性というものなので、詳しくは参考ページを貼っておきます。

labaq.com

私の場合ですが、読む、聞く、書くをそれぞれ試してみたところ、「書いて覚えるタイプ」のようでした。参考リンクの分け方だと運動タイプ。
どうも視覚や聴覚より、ペンで文字を書く感触と、音読したときの喉の動きなどから単語を想起しているようです。

先生曰く、このタイプはどうしても他の目・耳で覚えるタイプより物理的な制約のため覚えるのに時間がかかってしまうそうですが……仕方がないのかな、と思うことにしました。

長文の文型がお手上げ

SVOCそれぞれに対応する単語がひとつとかふたつ程度の短い文章なら判別がつくのですが、長文になるとまったく分類ができませんでした。

学校で英語の勉強をしたときもそうですが、基本の文型の例文は極めて短い文章です。
なのにいきなり長文が出てきて「ね、同じでしょう?」と言われ……置いてけぼり感がすごかったことを思い出します。
応用問題に弱いタイプなので、そういうところでつまづきがちなのです……。

そもそも中学生の頃、最初の方で5文型は習ったものの、以降は長文にわざわざSVOCをあてていくこともなかったように思います。
それよりも時制やら関係代名詞やら、単語や決まった言い回しの暗記、暗記という具合で……文型の話が授業で生かされた覚えはなかったような。

昔のことですし、今の学生さんはまたカリキュラムが違っているのかも知れません。

レッスン

単語のチェックと長文のSVOCのチェックでした。

先生と一緒に長文の構造を見ていったのですが、SとVをまず見つけられないし、どこからどこまでなにがかかっているのか、もわからない。
読んでいけばできるようになる、とのことですが、そんな日は果たして来るのでしょうか……。

まとめ

まだまだわからないことだらけなのですが、長文をいくつか分解していく内になんとなくこれが主語なんじゃないかな……というのは徐々にアタリがつくようになってきました。

ただ、正直に言うと苦しい・わからないことだらけで勉強が面白いという感覚は今のところない、というところ。

またしても宿題が出ているので、合間を縫って単語のチェックくらいはするように習慣づけたいです。

初めての英語レッスン

英語のマンツーマンレッスンを受けることにしました。
なお、この記事は初回レッスンを終えたところで書いています。

なぜレッスンを受けるのか

本を読むだけだとモチベーションが続かないですし、わからないことも尋ねられないし、人の目がないのでやめるのも自由。
なので、わからないことを尋ねたり、評価を受けたり、サボることの抑止力のために人の目を借りる……という感じです。

正直お財布には痛いですが、行ける内に行っておこうという気持ちで問い合わせをしてみました。

スクール選びの要件

巷に英会話スクールはありすぎるほどあるけれど、私が重視したのは次の3点です。

  • リーディングメインで、日本語がわかる人に文法や単語を教えてもらえる
  • スピーキングやリスニングは(少なくとも当面)切り捨てたカリキュラムがある
  • 会社帰りに乗り換える駅で授業を受けられる

まず、いわゆる『英会話』にどうも必要性を感じないので、ネイティブ講師と会話しよう、というスクールは選択肢から外しました。
そもそも英会話しながらわからないことを尋ねるほどの英語力自体が今はない訳ですし、この状態で通ってもスクールを活用できません。

業務や情報収拾で直近必要なのは『情報収拾』。つまりリーディングなので、一旦それ以外は切り捨てることにしました。
リーディングであれば、文章を見ながらなのでつまづき箇所も多少は目に見える……はず。
そのため日本語がわかる人に教えてもらえる、というのは割とマストな条件です。

最後は、もちろん通いやすいこと。
平日の仕事終わりにレッスンが受けられれば流れとして一番通うのが楽です。
そのため比較的夜遅めでも大丈夫で、レッスン場所は乗り換え駅近辺に絞りました。

これにはレッスン日は定時で上がらなければいけないという条件が必要ですが、一応会社にも話を通してはあるので、よほどでなければ大丈夫……と思いたいところ。

初回レッスンの感想

最初は文型から

まず、いわゆる文型をざっとやりました。

  • S + V
  • S + V + C
  • S + V + O
  • S + V + O + O

これがびっっっっっくりするほどわからなかった。
文章を読むのにも、作るのにも、文型の区別がまったくつかない。
区別がつかないということは、何が主題で……とかそういったこともわかっていない可能性が高い。

そもそもSVOCがなにを表してるのかわからないので、調べてみました。

  • S:subject(主語、主題)
  • V:verb(動詞)
  • O:object(目的語、感知できる物体、対象、意識や関心などの焦点)
  • C:complement(補語、補足するもの、完全にするもの)

記号的に捉えていたので、そういう意味だったのか……と20年を置いて知りました。
学校で習った頃の記憶をたどると「主語のS、動詞のV、目的語のO、補語のC」といきなり登場したため、意味のわからない文法用語の一部として処理していたようです。

その段階だと「なんで主語がSなんですか?」という疑問を持つ以前に興味が持てなかったですし……。

いくつか例文を作ったり読んだりしてみましたが、区別がどうもつかずにごっちゃになっているようです。
先生によれば今後たくさん読めば違いがわかってくるとのことなのですが、そんなブレイクスルーは一体いつくるのか……。

自習がたぶん、とても大事

宿題は結構たくさん出ました。

長文テキストを文型に分けるのと、単語を覚えるもの。

やはり、週に1時間のマンツーマンレッスンだけでは勉強時間が足りないのは当たり前……。

自習
 ↓
レッスンで答え合わせとわからないところの解消

の流れがセットになるようです。

せっかく人目があるので、自習の習慣をつけたいと思います。

マンツーマンレッスンの感想

今までマンツーマンで勉強をしたことがないのですが、わからないところを遠慮なく聞けるのは楽でした。

集団レッスンだと、流れを止めるのが悪いなとか、逆にもうそこはわかったから先に進んで欲しいんだけど……とか勉強以外のことでリソースを食っていたんだなあと。
比較対象がいないというのも変に自己評価が歪まなくて良さそうです。

先生と合わなかった場合が心配ではありますが、それはまだ判断できる段階ではないので保留で。

まとめ

という訳で、初めてのマンツーマンの英語レッスン初回の感想でした。
とりあえず週一レッスンで3ヶ月は続けるとして、あと11回ほど……11時間のレッスンでどのくらい変わるのか。

レッスン時間としては決して多くないので、どれくらいレッスンを活用できるのかは自分次第ですね……。

ひとまず、レッスン受講の度にこんな感じで記録をつけていこうと思います。

現在地の確認:201800807 CASEC受験結果

英語を勉強するにあたって現在地を知るために試験を受けてみました。その記録です。

試験選びの基準は下記のような感じ。

  • できれば、すぐに、オンラインで、さくっと受験ができ結果がすぐわかるのが望ましい*1
  • 同じ指標で判断したいので、継続して同じ試験を受けられると良い。
  • 何度も受験するのなら、あまり受験料が高いのもNG。

という訳で探してみたらCASECというものがヒットしたので受けてみた次第です。
casec.evidus.com

  • オンラインで24時間受験可
  • 1回3600円(201808307現在)
  • 履歴書に書ける
  • TOEIC・英検の参考スコアが出る
  • 公益財団法人 日本英語検定協会が基礎開発

以下、早速スコアを。

201800807 CASECスコア

f:id:Kuichi:20180807030615p:plain

CASECスコア TOEIC(R) 目安スコア TOEFL(R)目安スコア 英検級目安
307 247 349 3級

予想はしていたのでショックはないのですが、これはひどい
ネットで軽く調べたところTOEIC200点台は、中学英語が理解できていない、マークシートなので鉛筆転がしても取れる……と散々な言われよう。

This is a pen.で「なんだこれ…意味が分からない」と匙を投げたツケが完全にきていますね……。

けれどこれで現在地はわかりましたし、今が最低ラインなら、まあ、勉強すれば上がると信じたいところです。

*1:TOEICや英検は受験から結果が出るまで数か月かかるので、即時性にどうしても欠けてしまうのでこの段階で候補外

十年残るものがない世界の憂鬱。Web業界に疲れたときの処方箋。

Web制作の世界に足を踏み入れて5年目になりました。
しかし仕事をしながら、憂鬱な気分にもなることもあります。

一体なぜそんな気分になるのか、そしてそんなときの個人的な処方箋について。

十年残るものがない世界の憂鬱

Web業界の場合、手掛けた制作物は十年後にはほとんど存在していません。

Web制作の仕事は非常に回転が早く、技術やトレンドも次々と新しいものが出てくるため、作ったサイトはほとんどが5~6年程でリニューアルされます。
私も実際、いくつかのサイトを新規制作したり、リニューアル案件を担当・実装しています。

どれだけ一生懸命作っても、サイトは5~6年――短いときには数か月で『リニューアル』や『消えて』しまうことがほとんど。
そのため仕事をしていても、形となって積み上げたり実績となっている実感が薄い、というのは特筆すべきことではないでしょうか。
仮にリニューアルがなかったとしても、10年以上持つ企業やサービスは少ないため、サイトそのものが消えてしまっている可能性も高い。

忌憚のないことを言えば、Web制作業界は変化を楽しんだり、新しいことをどんどん勉強して試せる――そういったことにモチベーションを感じるタイプの人でないと、仕事を続けることが難しい業界ではあると思います。

ただ、これは別にWeb制作に限らない傾向ではあります。
変わらないペースで、ルーチンワークで回せる仕事――というのは少なくなってきてしまいました。

制作物の消費スパンはどんどん短くなっている

コンテンツも、物も、昔に比べると消費されるスパンが格段に短くなっています。

私が生まれた頃には車やテレビ、固定電話は当たり前にあったのですが、まだ比較的に手作業やローカルな部分は多く残っていました。
しかしポケベルやPHS(携帯電話の前身のようなもの)が登場し出した頃から色々なことが加速し始め、特にインターネットが登場して以来の変化の速度は目を瞠るほどです。

自分の立っている場所、目指したい場所もどんどん変わる

世の中の移り変わるスピードは速くて、でも長く形に残るものはなくて――自分の立っている場所がよくわからなくなって息切れしてしまうこともあります。
何故なら、立っている場所も、目指す場所さえも、どんどん変化してしまうからです。

そういった中で手元に残るものといえば、最終的には経験と人との繋がりと私は考えています。

以前はできなかったことができるようになった。
新しい知り合いが増えた。
仕事をもらう先が変わった。
手元に入るお金に変化があった。
……

大きなことから小さなことまで、手を動かし続けていればなにかしら変化は起こっているはずです。

しかし制作物として長く形に残る仕事ではない都合上、変化や向上を意識しづらいという問題はあります。
その上、移り変わるスピードが速すぎて、ゆっくり立ち止まって考えることもできないことも多いです。

実際、業務上必要なことを急ピッチで勉強しなければならなかったりで、休み中も気が休まらないことがかなり。

Web業界は刺激的だし移り変わりが本当に早いのは良いところでもあります。
けれどそれは常に走り続けるのと同義ですから、ときどき疲れたな、と感じてしまうことは仕方がないところだと考えています。

Web業界に疲れたときの処方箋

  • 作ったサイトのソースコードやデザインカンプ、書類を保管しておくこと。
  • 数行でいいので、簡単に日記のような記録を付けておくこと。

Web業界に入ったら、できればすぐにこれをやっておくことをおすすめします。

上述したように、実際のWebサイトはいつ消えたりリニューアルがかかるかわからないため、過去を参照する術が無くなってしまいやすいからです。

過去の制作物を手元で参照できれば、その当時からどのくらい進歩したのかわかりやすいし、記録をつけていればなにを思っていたのか、なにをしていたのかを思い出す手掛かりになります。

一番良くないのは、疲れと自分の進歩がわからないことがセットになってしまうことです。モチベーションを下げてしまう要因になり得ます。

自分の進歩をはかるのに、他人といくら比較しても意味はほとんどありません。環境も能力も違うものを比較しても、判断はうまくできないでしょう。

残念ながら激務の職場はまだある

Web業界の労働状況は、以前はかなり激務でした。現在もそういうところはまだあります。

本当に疲れた、と感じるのなら環境を変えるか、お休みしてもいいと思います。
走り続けた分、充電を必要とすることもあるでしょうし、環境を変えれば改善が見込めることもあるでしょう。

徐々にWeb制作業界の労働状況は変わってきているようですが、仕事の性質上まだまだ改善に時間がかかる部分は大きいです。
離れるという選択肢もある、ということを忘れないこともまた、大切な処方箋になり得ると思います。

包丁を振り下ろす決定権が、相手にあることを忘れてはいけない

Hagexさんが刺殺されたという事件を受けて、様々な人が色々なことを書いています。

www.asahi.com

Hagexさんや容疑者について、私は語るべきことを持ちません。
ただ事件を知った際、私が一番初めに思ったことは、『怖い』ということでした。

インターネット上の発言は、コントロールがきかないことが多い

インターネットで発言している以上、その言葉は一体誰が見聞きするのか、コントロールの及ぶところではありません。
自分の発言が一体誰にどう受け取られるのか――そして、受け取った結果どういう行動に出るのかは相手が決定権を持っている、という当たり前のことを思い出しました。

たとえば、対面であれば多少はコントロールがきくこともあるけれど、対面で話しているのであれば、相手の声色や表情などのたくさんの情報から『これ以上は怒らせるかも知れない』というラインに気づくことは可能かも知れません。

また、相手の反応を見て物の言い方を変えたり――きつい言葉を表情や仕草で少し和らげたりということもできるでしょう。

誤解が生じそうな気配を感じたら言葉を足したり、より詳しく説明したりということも可能です。

ましてや――相手が刃物を持っていたら、間違っても怒らせようなんてことはしないはずです。
目の前にちらつく物理的な刃物はそれくらいの圧力を持っています。

だからといって、Hagexさんが不注意だったとは私は言えません。対面と異なり、インターネット上では読み手の情報を得たり、相手の様子を見ながらの調節はまず不可能だからです。

自衛はおそらく無理だったと思う

今回の事件は、気をつけること自体が無理だったように思います。
インターネット上での発言は基本的に読み手の情報を得ることも、言い方を人に合わせて調整することもできません。

自分の発言が一体誰にどう受け取られるかわからないし、その結果相手がどういった行動に出るかも予測は無理です。
価値観の違い、誤読・誤解、前提や環境の違い……など地雷は枚挙に暇がありません。

Hagexさんのように講演活動を行うのであれば、登壇情報を事前に明かさないということはまず無理ですし、自衛も難しかったと思います。

人間の楽観主義の功罪

大抵の人は自分が刺される程憎まれているかも知れないなんて、常日頃から考えてはいないはずです。
常にそんなことを考えていたら、何もできませんから、それは機能としては必要な楽観性です。

しかしインターネットで愚痴を吐いたり、リアルの顔見知りには言えないことを口にしてしまったりやってしまった経験は、誰しもあるのではないでしょうか。

元々インターネットに自由や匿名性などなく、本来リアル以上に注意深く振る舞う必要がある世界なのですが――大多数の人はそういった意識はないように感じます。
今でもインターネットは匿名で、個別のメッセージなどは見られないと考えている人は多いようですが、やりとりはすべて記録として残ります。
そして発言は、一体誰に届くのかわかりません。

闇雲にインターネットを恐れたり、やはりリアルの方が良い、と言うつもりは毛頭ありません。
けれど、包丁を振り下ろす決定権が相手にあることを忘れてはいけない、ということをひんやりと感じた事件でした。

またひとつ歳を取ったので

別に何でもない平日が誕生日だと、さほど特別なことをするということもなく気が向けばちょっとした好物を買ったり本を買ったりする程度で、大人になってからの誕生日というのはまあそこまで代わり映えのするものではありません。
唯一昨年と違う点は長年つきあっていた人がもう隣にいない、ということくらいでそれ以外は本当に変化もなく。

とはいえ、一年歳を取れば一年寿命に近づいているとも言い換えられるなあ、と会社帰りにカフェに寄って手帳を開きながらぼんやりと思ったのでした。

note.mu

noteでこんな記事を書いたのですが、リストにあることを全部やるのはさすがに無理として、大きなところは死ぬまでにぜひやっておきたいなということで一番大きなものをピックアップしてみました。

■死ぬまでにやりたい一番大きなこと
海外で生活してみる

日本は嫌いではないのですが、死ぬまでに一度くらい外の国で生活してみたいな、とは思い続けています。なかなか機会に恵まれないのですが……。
希望としては湿気が少なくて英語が通じて、気候が涼しいところ……というざっくりな感じです。

とりあえず、ちょっとさぼり気味だった英語の勉強を再開しました。

還暦を過ぎた母が、あるひとことでスマホの使用に前向きになった話

私の母はガラケーを使っています。家にインターネット回線はなく、調べ物は基本的に図書館などです。
それで必要十分だし、スマホにして毎月7000円も払うのはもったいない、というのが主な理由です。

しかしそれでは少し不便だろう、ということでスマホの代わりとして古いiPod touchを譲ったのを機に、GoogleアカウントとAppleIDの設定をしました。

ところが母はExcelやWordは使えるものの、GoogleアカウントやAppleIDなどを感覚的に理解できない*1

また、タッチパネルなどのUIに馴染みづらいらしく、なかなか触ろうともしません。
ボタンも押しづらいと言いますし、指先がカサついていると反応が鈍くなるようです。

とりあえず!
細かいことはいいから好きなメールアドレスとパスワードだけ決めて!

と何とか設定は済ませたのですが、で、それが結局なんなのか、なんのためなのか……というのはわかってもらえずじまいでした。
あれこれ登録するのに使えるよ、と言っても「でもどうせ使わないし……」と尻込み気味。

使っていけばその内ピンとくるだろうとは思うのですが、そもそも『使う』というスタートラインに立ってもらえない感じです。

色々言葉を重ねた結果、下記の一言がきっかけでなんだかこちらが拍子抜けするほど使用に前向きになりました。


私「友達とかからさ、写真送られて来ることあるでしょ?」

母「あるけど?」

私「Gmailに写メつきメールを送ってもらえば、パケ代がかからないよ。写真をパソコンとかiPod touchに保存したりできるよ」

母「! それって『写真はパソコンメールに送ってね』って言えるってこと?」

私「そうだよ」

母「便利だねえそれ」

私にしてみれば、家にインターネット回線はあって当たり前だし、PCメールに写真を添付するのに料金を気にするという意識がすっぽり抜けていたのですが。

基本ガラケーの母にしてみれば、人から送られてくる画像付きの『重たいメール』は悩みの種だったようです。
ガラケーでは綺麗な画質も望めないですし。

そういう訳で、単純なひとことが『重たいメール』『低画質』という悩みが解決するという大きな動機付けになりました。

この調子で徐々にスマホ代わりのiPod touchに馴染んでいってもらえれば、いずれ感覚的に理解はできるようになると思うのですが……その頃になったら今使っているiPod touch6を譲ろうかなあと考えています。
壊しても気にしない精神で好きに触ってもらった方がたぶんいい気がします。

まとめ

たった一言であれだけ嫌がっていたのが? と結構驚いたのですが、そういえば下の本を読んでなんとなく母が抱えている問題(パケ代が高くなるのは嫌だけど友人から送られた写真は見たい)に目を向けてみようと思ったのでした。

劇画でわかるこうすれば必ず人は動く(文庫)

劇画でわかるこうすれば必ず人は動く(文庫)

人に物を売りつけられたとか、人の言いなりになったとか思うのは、誰でも嫌なものです。誰もが、自分の都合で、そして自分の意志で、物を買っているんだと思いたいのです。
引用:こうすれば必ず人は動く 「相手の心をうまくつかんで人を動かす」より


あと単純に、『見知らぬものになかなか馴染めない人』をよく見てみるのはデザインの勉強の一環として、興味深いものでした。
大きくまとめるとその原因は、

  • 概念がわからない
  • 必要性を感じない
  • UIとしてわかりにくい・使いにくい部分がある

が主なところのようでした。
つまり今回の例でいえば、下記のような傾向がみられました。

  • 複数端末を使い分ける機会がないため、共通で使えるアカウントという概念がわからない
  • メールのやりとりをわざわざPCメールで行う必要性を感じない
  • タッチパネルは身体的に使いづらいし、iPod touchや各種アカウントの設定もよくわからない

特にタッチパネルの使いづらさというのは私自身が意識していなかったので盲点でした。
動機がなければなおさら遠ざけるのは当たり前です。
最近はかなり色々なものがタッチパネル化していますが、どうも状況によってはベスト解ではなさそうだなあ、と思います。

こうして考えると、身近なあちこちに何らかの実践の種は転がっているようです。

*1:違う端末を使っても設定や情報が引き継げるってどういうこと? という感じ。そもそも複数の端末を使用するというのがどうも想像しづらいのが原因のよう

【洋書読書記録】2018年2月経過報告

グリム名作選 The Best of Grimm's Fairy Tales (ラダーシリーズ Level 1)

第二話目の「The Frog Prince」を読み切りました。
前回のヘンゼルとグレーテルに比べれば10ページと半分もないので、実は2月5日頃には読めていました。
一番最初の話が一番長くて辛かったので、それに比べれば比較的楽。

(次の話の初めの数ページまでは進んだのですが、まだ読み切ってはいないので来月に回します。)

kuichi.hatenablog.com

感想

王女様、あまりに人としてダメなのでは……? という疑惑がどうにも拭えない。
助けてもらったのにカエルだからと言って約束は破るし、王様に叱り付けられて渋々、で態度も悪い。

最終的には怒って壁にカエルを叩きつけてなぜかカエルの呪いが解けるのですが、どこを読んでもその理由らしきものが書いていないのですよね。

そして王子様(元カエル)の国におそらく嫁ぐことになったようですが、本当にこんなダメな王女で良いのでしょうか……。

さらに最後に唐突に出てきた王子様の家来ヘンリー。
彼、王子様が呪いでカエルになったことが辛すぎて心臓が壊れそうだったので鉄の輪を心臓にはめていて、それがはじけて取れるのですが、なんだか急に美味しいところ持って行ったなあという印象でした。

というなんだか短い割に結構もやっとする話でした。

もしかすると英語ならではの比喩が含まれているのかも知れないなと思って調べたのですがwikiにこんな記述がありました。

「鉄の帯が外れる」とはドイツ語のことわざの「Mir fällt ein Stein vom Herzen (直訳:心の石が落ちる、意味:肩の荷が下りる)」に掛けた表現で、胴体から鉄の鎧が外れて行く描写は心から固い石がはがれ落ちてほっとすると言う表現を連想させる。 おとぎ話の特徴のひとつに、人物の心理描写を避け、その代わりとして表象的な物体でその心理を表現する慣習がある。ハインリヒの鉄のたがは悲しみの表象であり、 王も王女もハインリヒも全員が無事に幸せになったという結末を象徴するグリムの粋な締め言葉である。
引用:かえるの王さま - Wikipedia

なるほど、と納得。本当にほっとしたんですねヘンリーは。

5回以上調べた英単語

下記2つでした。

  • though
  • thought

前回と同様、似た単語に弱いようです。

thoughはけれども、という意味。

thoughtはthink(思う)の過去分詞形。

なのですが文中で見かけるとどっちがどっちだか区別がつきづらいようです。

こういう単語を重点的にやっつけていかないといけないのかなーと思いました。

グリム名作選 The Best of Grimm's Fairy Tales (ラダーシリーズ Level 1)

グリム名作選 The Best of Grimm's Fairy Tales (ラダーシリーズ Level 1)

note始めてみました

note.mu

ブログとの使い分けに若干悩むところはあるのですが、今の所マガジンを分けて下記のように使っています。

  • トワイライツ・ノーツ活動記録:マガジンでこのブログで書いた記事の軽いまとめと紹介
  • 雑記:ブログからこぼれた内容の記事とか、有料記事
  • 空想デザイン:お題メーカーで作ったお題などでデザインしたもの

情報収集と情報発信の半々として使っているのですが、気に入った文章を書く人の記事が流れてくるので、ノイズが少なくてなかなか楽しいです。

維持費を増やすこと その怖さと覚悟について

f:id:Kuichi:20180218073314j:plain

こちらで少し書いたのですが、サイトのトップページとしての役割を持たせるために、サーバを借りようかどうか迷っています。

note.mu

今のところ月額100円程度のプランが有力候補ではあるのですが、しかしそれだとWordpressは難しいし、というのがまた悩みどころ。

たった月額100円に何をそんなに悩むことがと思われるかも知れませんが、たとえ少額でも月々の維持費を増やすことが怖い。

今回はそんなお話です。

生きるだけで必要なお金

会社員の間はあまり実感がないのですが、生きるためだけに必要なお金はかなり多いです。

まず国民健康保険国民年金、住民税。
次に食費、住居費(家賃、固定資産税、ローン)、水光熱費、その他生活費、それらにかかる消費税。
主なものはこんなところです。

食費と生活費は努力次第で削ることも可能ですが、国民健康保険国民年金、住民税、住居費は一旦確定したら決まった額を月々支払わなければいけません。
この負担がかなり大きいことに加え、現代生活を営もうと思えばインターネット料金、携帯料金も必要です。

上記に比べると、サーバ代というのは優先順位としてかなり低くなります。

ひとつ固定費を増やすと、芋づる式に増える一例

仮に、サーバを借りることにしたとします。
サーバを借りるのであれば独自ドメインも設定した方が良いでしょう。

サーバ代月額100円としても、年間1,200円
独自ドメインの年間費用が約1,000円。
少なくとも、サーバを維持するために合計で年間約2,200円程必要な計算になります。

……と、ここで終わればいいのですが、このブログははてなブログです。
はてなブログ独自ドメインを設定するためにPro化しなくてはなりません。
Proは1年契約だと8,434円(2018.02.17現在)。
つまり、独自ドメインを取得し、サーバを契約し、はてなブログを維持する……となると最低でも年間約11,000円程必要になります。

これはサーバ契約の場合の一例ですが、何らかの維持費を増やすと、他にも連動して必要な固定費が増えてしまう、ということが起こってしまいがちです。

迂闊に維持費を増やすことは怖い、と私は思います。

維持費が払えなくなった段階で手放さざるを得ない

たとえば、上記の内はてなブログPro化の金額が高いと感じ、それならいっそ移転しようとWordPressを導入できるサーバを借りたとします。

Wordpressが使えるようなプランは、最低でも月額500円はするとして、年間6,000円。
これに独自ドメイン代を加えると年間約7,000円です。

先ほどの金額よりはだいぶ安く済みます。
しかし、料金を払い続けなければこれを維持することはできません。

つまり、お金が払えなくなったとか死んでしまったということが起こったときに、データがすべて削除されてしまいます。
死んでしまうのは仕方がないしその後データが消えた方がいいという意向の方もいるでしょうが、経済的な問題が起こってしまった場合がネックです。

その危険を回避しようとするなら、最悪お金が払えなくなってもサイトが維持できるように、無料のサービスを使うということがひとつの解となります。
この場合なら、多少高くてもブログははてなブログProかその他無料で維持できるブログサービスにしておく、ということです。

もちろんサービスが終了してしまうこともあり得るので、完璧な方法ではないのですが……それも事前にアナウンスがあることがほとんどですし、その場合はまた別の無料ブログサービスに移れば済む話ではあります。

サーバに限らず、維持費が必要なものは払えなくなった段階で手放さざるを得なくなります
そういう怖さが常に頭の隅にあるため、固定費が増えることに対して非常に消極的です。

維持費を増やすことが覚悟に繋がることもある

維持費のネガティブな面について述べてきましたが、しかしそれを推しても尚やるというのは、覚悟の証とも言えます。

たとえば起業したり、新しいサービスを立ち上げたり、ローンで家や車を買ったり、事務所の契約をしたり……色々ありますが、そういうときに増える維持費は『払っていくぞ』という決意にも繋がります。

そのため、何らかの決意がある場合には有効な手段になるのではないでしょうか。

まとめ:たぶん私には覚悟と納得感が足りない

シンプルライフを送るようになってから、漠然と所有にかかる労力というのを考え出すようになりました。
ブログは続けていきたいのですが、サーバを契約した場合一生維持できるのだろうか? と考えると足踏みしてしまいます。

無闇に維持費を増やさないよう、継続して必要なものはなるべく年間一括払いにするようにしているのですが、それができないものも。

自分でWordPressのサイトを組むことは技術的には可能ですが、そういう維持費を払う自信を持つことがなかなかできない性質のようです。

あとは、たぶん納得感が重要なのだと思います。それをすることのメリットデメリットの釣り合いというか。

私の場合で言うと、サーバや独自ドメインなどを契約してサイトを整えたら閲覧数が増えてお仕事が来やすくなるのかどうかとか、そういうことです。
マネタイズに繋がるのであれば問題ない、という判断が自分の中で下されるでしょう。

そういう釣り合いがうまく自分の中で取れるか、決心がついたらサーバを借りるのではないかなと思います。