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コピペ・盗作問題について

小中学生も「コピペ」時代 罪悪感なく…盗作チェックいたちごっこ
産経新聞 11月29日(月)7時56分配信

 文学や詩のコンクールなどで盗作が相次ぐ中、インターネット上の文章をそのまま写し取る「コピペ」(コピー&ペースト)が小中学生の間で広がっている。パソコンや携帯電話をパーソナルメディアとして使いこなすティーンエージャーにとって、コピペの罪悪感はうかがえない。読書感想文の“模範例”を紹介するサイトも登場しており、盗作チェックはいたちごっこの様相だ。(日出間和貴)

【写真】夏休み、子供の“SOS”に助け船 宿題代行サイト

 10月、前橋市が主催する詩のコンクール「詩(うた)のまち前橋若い芽のポエム」で、金賞作品が盗作であることが発覚した。盗作していたのは秋田市内の中学3年の女子生徒(15)で、ネットの投稿サイトからの盗用だった。コンクールの存続にもかかわる事態となったが、ネットを含めた膨大な作品群から盗作を見抜くのは至難の業という現実もある。

 文学賞やコンクールをめぐる盗作はプロアマを問わず、枚挙にいとまがない。最近はネットからの転用が増加し、低年齢化も特徴の一つだ。小学生のときから携帯電話やネットが身体化し、他人の文章を自由にコピペできる環境にあることも影響しているようだ。

 子供を対象にした創作コンクールの選考委員を務める児童文学作家、光丘真理さんは選考には細心の注意を払っているという。「このくだりはどこかで見た気がするとか、表現が大人びているとか、疑い始めるときりがない。今の子供たちは文章を自由気ままに操り、ネットにあふれる情報を引きながらリポートにまとめるのもお手のもの」

 ネット上にある「自由に使える読書感想文」というサイトは作品ごとに事例集を紹介している。学校提出用に限り、著作権フリーなどのルールを明記。サイトを運営するライターの恩田ひさとしさんは「音楽でもスポーツでも最初はまねて、反復しながら上達する。すべての児童生徒にオリジナリティーを求めるのは無理」と話す。

 著作権法では本人やごく限られた範囲での「私的使用」であれば、著作権者の許諾なしに使用できる。ケータイ小説が浸透し、活字文化が変容していく昨今。光丘さんは「どんな良い文章を書いても借り物が肌身にしみるということはない。つたなくてもよいから自分らしく書くことが大事」と話している。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/children/468735/


一応ブログを書いてる自身としては、コピペで済ませてしまうのはもったいないなあ、という感想を持ってしまいます。文章であれ絵であれ何であれ、表現することは楽しいことなのだけれど。
が、それだけではなんなので、コピペ・盗作について少し考えてみることにします。


何故コピペ・盗作をしてはいけないのか?

法律だとかそういうことは置いておくとして、考えていくと次の2点に行き着きました。

  • 本来それはコピペ・盗作先の功績であるため
  • “表現”で食べている人の利益を損なわないため

要するに、“自分がされたら嫌でしょう?”ということになる。
A君が一生懸命書いた作文を写しただけのB君が賞を貰ったとしても、それはB君本来の実力ではありません。同時に、A君はとても面白くないはず。

また、仮にコピペ・盗作がOKな世界だったとすると、そこでは“創作をすること”が大変馬鹿馬鹿しく利益にならないことになります。A君よりB君が評価されるのであれば、A君は食べていくことはおろか、創作意欲さえ無くしてしまいます。
そうなると当然創作をする人は少なくなり、“コピペ・盗作先”すらなくなっていくでしょう。

そういった全体的な利益から考えても、コピペ・盗作はすべきではないという結論になります。


何故コピペ・盗作をしてしまうのか?

利益があるからコピペ・盗作をしてしまうのだろうけれど、それではその“利益”というのは一体何なのだろうか?
利益というのは大きく“成績”“賞賛”“お金”になるのでしょうが、確かにどれも普通の人なら欲しいと思うもの。
確かにそれらを得るには、自分で考えて作品を作るより、コピペ・盗作先からもってきた質の高いものを出した方が楽だし可能性が高いです。
また自分の作品が落選した時は“実力がなかった”という事実を突きつけられてしまいますが、他人の作品なら“作った人の実力がなかった”と責任転嫁できる先があります。


コピペ・盗作をして自己表現力が磨かれるのか?

良質の作品に触れることは大事です。ただ、それを丸写しにして自己表現力が磨かれるとはとても思えません。
特に学生の場合、コピペ・盗作の動機はほぼ“成績”であるため、目的からしてもまず表現力が磨かれることはないです。
コピペ・盗作で磨かれるのは“ごまかしの技術”だけだと思っています。



という訳で、どう考えても“コピペ・盗作はしてはいけない”という結論以外にならなかったのだけれど、これがまた最近は難しいようです。
“どこからがコピペ・盗作でどこからがそうでないのか?”“コピペ・盗作を見破ること自体が難しい”という問題に直面しているようです。
今はネットが発達してきているまさに過渡期なので、こういった問題もその内ガイドラインのようなものが徐々に整備されてくるだろう、とは思いますが……。

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